『私のことだま漂流記』読了から思う悲しみの昇華のさせ方

山田詠美さんの本は昔、立て続けに読んだ。
『ポンちゃんシリーズ』の楽しいエッセイも
何冊か読み、詠美さんはしょっちゅう
友人達と飲んだくれているのに
素敵な文章を書けるなんてすごいわ。
‥と思っていた。

(モモとの散歩で見たクリスマスローズ, Helleborus)
違うんだなあ。
子供の頃から膨大な量の文学作品を読み、
読書日記をつけていたそうだ。
半村良氏の
「小説家は読者のなれの果て。」
という言葉に共感されていた。
でも読者のなれの果てで小説家で
成功されるのは、ほんの一握りだと思う。

(可憐なクリスマスローズ, Helleborus)
詠美さんが目指していたのは、
『わずか一行で、その場の情景や漂う空気などを切り取ってみせること。
そこには登場する人間の心の動きすら含まれていること』
考えたこともなかった。
大切な3人の人達を失った喪失体験では
『なぜ私だけが生き残っているのかと、考えることから逃れられない。
そしてその秩序を失った感情の渦にひとつひとつ正確な言葉を与えて整えていく。
それが私にとっての<書く>という行為だ』
表現力を持つ言葉のプロは、悲しみを
変換して浄化させて書くことで
癒しを得ているのかもしれない。

(色んな種類のクリスマスローズ)
ワタシのような素人はどう書いて良いか
分からず‥
ただ毎日あったことを淡々と綴るだけ。
歳を重ねるにつれ、悲しみに出会う回数が増えそうだ。
ワタシには悲しい体験を言葉にしたり
書いたりすることができない。
難しい。
明日も今日のように何事もありませんように‥
と書くことがワタシに出来る癒しの方法かな

水仙も綺麗に咲いていた。

久々に行った山の中の庭園美術館。
綺麗な花に出会うと嬉しい。

『楽しかったね〜♡』
とは、この方のご意見。
✿˖˚ ⋆ʚ ɞ⋆°˖✿

今日の夜ご飯。
実家から取ってきたツナ缶でツナバーグ。
ポテサラにもツナ缶を。
人参と蜜柑は、職場の学校で
捨てようとした生徒から貰ったもの。
小さな人参の1食分が袋に入っている。
「人参は大好きだからワタシが食べる!」
と言ってもらう。
あの子たち、食べ物に感謝せずバンバン捨てている。
生徒の食事は無料。
それ、ワタシ達の税金なのよ!
と言いたいけれど言えないので貰う。
小さなさつま芋は炊飯器で蒸した。
甘くて美味しい〜♪
さつま芋は頂いたものだし、
サラダは庭からなので
今日の夕飯は殆どお金がかかっていない✌️