ポン菓子で甦った昭和の記憶
昨日の午後は久々に太鼓のクラスへ。
5分の休憩時には、日本で買って来た
抹茶クッキーを配った。
配っていると、タイに行ったという
クラスメートからもお土産を貰った。
お米のお菓子の上にナッツが乗っている。
食べてみたら、あら、知っている味。
公園で食べた爆弾ポン菓子の味。
一瞬で脳内が昭和時代へ行った。
あの時代、オジサンは機械を公園に
持って来ていた。
その機械で大きな音をさせて
お菓子を作った。
爆音だったので、遠目に見たのを
覚えている。
ワタシは4歳まで東京の郊外に住み、
4歳から9歳まで大阪に住んだ。
幼い頃の記憶なので、どちらで見た光景か
はっきりしない。
調べてみたら1950年代から60年代にかけて
日本全国で爆発的に流行したそうだ。
ワタシが爆弾ポン菓子を見た、
最後の世代?
ちなみに地域によって呼び名は違うらしい。
ルーツは1900年代初頭に
ミネソタ大学の教授がした
お米の実験の失敗の結果らしい。
教授は特許を取り、会社と組んで
お米を膨らませたパフライスを作った。
それが1950年代に日本にも
やって来た。
(出典は『Prezo』より)
これは子供にとってワクワクする光景だった。
だって爆弾を発射させると、
甘いお菓子が出て来るんですもの。
5分の休憩時間中、昭和の甘い記憶に浸れた。
ଘ♡ଓ*:゚
昨日の朝食時に、皆さんが作ってらした
グリークヨーグルト+塩麹を
遅ればせながら作ってみた。
ホント、クリームチーズの味。
自家製マーマレードをたっぷり乗っけて
美味しく頂いた。
モモと行った公園では、梅が散り始めていた。
満開を見逃しちゃったな‥
白い梅は綺麗だった。
ଘ♡ଓ*:゚
夕食にはポテサラと高野豆腐の煮物
を作り、冷凍焼売を蒸した。
色がついているのは韓国マーケットの
海老焼売、白いのは軍曹が買った
味の素の焼売。
味の素さん、ごめん、
韓国マーケットの海老焼売の方が
美味しいわ。
成田空港のコンビニで買った一ノ蔵。
美味しい筈‥と飲んだら普通の味。
ワタシが感動した一ノ蔵は、
緑色の瓶に入っていた気がする‥
でも、肴があれば美味しく飲める。
ポテサラは寿司酢で味付けして
ツナ入りなので、日本酒にも合った。
お酒のある食卓って嬉しい^^