『東京サラダボウル』で思い出した外国人体験
今日は待ち侘びた大雨。
乾燥大国カリフォルニアには、恵みの雨だ。
停電にならないことを祈っている🙏
(TIMEの表紙を飾るなんて、キティちゃんは凄い。友人に誘われているのでキティ展を見に行くかも)
☆゚・:*。+.♪
『東京サラダボウル』を楽しみに見ている。
面白いと思ったら『クロサギ』の作者さん、黒丸氏の作品だったのね。
技能研修で来ているベトナム人を、排除したいと思っている日本人が登場した。
5話の通訳役の竹田さんの台詞が、今の日本を表しているようだ。
「外国人には働いて貰っている。日本人だけでは、この国を維持出来ない。人口が減り、労働力と消費力を補って貰っている。
外国人を敵視して排除しようとしても、あなたの居場所は守れない。
同じ社会に生きる者として、せめて受け入れなきゃ。」
(モモにおやつをあげたら‥)
ワタシが日本に住んでいたのは、ほぼ30年前。
その少し前から、一部の地方で日系ペルー人、日系ブラジル人が増え始めた。
川崎市でスペイン語を話す外国人向けのボランティアをしていた。
それをきっかけに友人になったのが、ペルー人のカルメン。
旦那さんが日系ペルー人で、工場で働き始めていた。
お子さんもいた。
本人はペルーで弁護士をしていたと言っていたが、そこは深く聞かなかった。
(本当なのか疑っていた)
彼女も工場で働き始め、あの辺りにはペルーコミュニティが出来ていた。
当時ニュースで問題になっていたのは、移民の子供達を受け入れる体制が、学校で整っていなかったことだった。
カルメンの子供は就学前だったので、大丈夫だったろう。
そして日本人自身も、白人でない外国人に慣れていなかったかもしれない。
東京で結婚したので、オットの滞在許可証更新に着いて行った時に、そう感じた。
役所の方のアジア系に対する態度が酷かった。
しかし、白人のオットの番が来た時、罵倒するような態度は見られなかった。
(向こうでひとりで楽しんで食べた後、おかわり〜、と戻って来た)
アパート探しも、少々大変だった。
ワタシは正社員でそれなりに稼いでいたのに、オットが外人というだけで、何軒も入居を断られた。
日本で外国人になった気分だった。
不動産屋のオジサンには、
「あなたのご主人は、白人だからまだマシですよ。」
と言われた。
(いつかの週末朝ごはん。残りの味噌汁には卵を落として)
今はそういう差別は解消されたのかな?
長きに渡って日本を離れていたので、郷愁の念が募っている。
でも、これから日本はどうなるんだろう‥
アメリカもどうなるか分からないし、先が見えないのは不安‥
☆゚・:*。+.♪
誰も分からない似顔絵『だれ?』シリーズ(多分)第9弾。
書きながら自分で、誰も分からないんじゃ、似顔絵とは言わないんじゃないか?
‥なんて脳内でツッコミを入れていた。笑
『あさイチ』で写真を撮られる時は、利き顔を向けて、と言っていた。
この方は、右側が利き顔だ。
左側はのっぺり顔に見える。
右の方が、まだカッコ良く見える。
ついでに、写真を撮られる時は、美味しいものを考えながら、ウィスキーと言うと口角が上がり、自然に笑顔を作れる。
そして集団で撮る時は、真ん中にいる方が小顔に見える、と言っていた。
覚えておこう(•̀ᴗ•́ )و ̑̑